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2007年11月 3日 (土)

こわかったころの台湾

7月9日に「きょうは両国論発言の日」という記事で、10月25日に「1971年10月25日」という記事で、日本と台湾の関係のことをちょろっと書いたのですが、日本が中華人民共和国と国交を結んだことにより、1972年当時の中華民国がどのような反応を示したのか気になっていました。

東京大学東洋文化研究所のホームページに、中華民国の日本に対する断交声明が載っていました。

日本総理田中角栄と中共偽政権頭目周恩来は、共同声明を発表し、双方は本年九月二十九日から外交関係を樹立したと表明し、同時に日本外務大巨大平正芳は、中日平和条約および中日外交関係はこれによりすでに終了した旨言明した。中華民国政府は、日本政府のこれら条約義務を無視した背信忘義の行為に鑑み、ここに日本政府との外交関係の断絶を宣布する・・・敵を友と認め、中共匪団の浸透転覆活動を助長することになったのは、日本およびアジア太平洋地区に限りない禍患をもたらすことは必至であろう・・・
     (↑#そのまま引用しましたが、「外務大臣」が正しいのかな?)

いまも少なからずそうですが、当時にあっては、このような言葉遣いになることもしかたのないことだったのでしょうか。さすが大陸こそふるさととする国民党が一党支配していた時期だけあります。

政権交代を実現したいまの台湾。来年は総統選挙があるとのことです。与党民進党と野党国民党がどのような考えかたを打ち出してくるのか、アジアの平和を希望している自分も、注意して眺めていきたいなと思います。

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