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2014年5月14日 (水)

名古屋城が燃えて住居表示か・・・

中途半端な記事かもだけど。

いわゆる太平洋戦争と呼ばれている戦争中。アメリカによる大空襲は、名古屋へも何度かあったところです。69年前のきょう、1945(昭和20)年5月14日の空襲で、江戸時代につくられた名古屋城は焼失しました。
さすがの金鯱も、アメリカが誇る大量虐殺を目的とする焼夷弾の前には、力及ばずだったんでしょうね。


ところで、いま名古屋の中心地を見てみると・・・。


江戸時代から続く碁盤目が、道路幅を拡幅する形で充実した


だとか、それに呼応して・・・


住居表示を大胆に実施することで、数字による地理把握を容易にした


ってのは、大都市と呼ばれる中では、(個人的感情は別にして、大胆にできたという意味で)めっちゃんこ大きな成果だと思うんです。
しても引き換えに、清洲越しから燃えるまで存在していた何十という町名が、数十年間で続々と消えてしまったんですよ。

栄や伏見を歩くと、交差点ごとに(交差点名として、住居表示前の通り名として)かつての名前が掲示されているけれど、公的な町名であるかどうかってのは、心理的な意味合いが・・・人それぞれ違うんだろうと思います。

ぼく自身は住居表示制度が、そもそも何を基準に町名や数字を当てているのかがわからなくて、苦手に感じてます。さらに、名古屋だと中心部にあった数十町が「栄」・「錦」・「丸の内」に丸め込まれたので、あまりにひどすぎるんじゃなっていう嫌悪感もそこそこあります。
(通り名としては交差点名にはありますが)「三蔵」も「伏見」も「住吉」も「池田」も・・・、矢場町ですら全部栄ですよ・・・って言われると、どうしても唸る感じが出るんですよね。松坂屋があるのが栄だと言われると、めっちゃんこ違和感があるんです。

一部では、旧町名を復帰させてはという動きがあるようです。
河村市長も「市民が前向きであるならば」という前提ではありますが、旧町名復帰に好意的な発言をしています。


こういうのには、金沢という先輩がおるんだけどなぁ・・・。
いいところは、よそからもらってもいいんじゃないかねぇ。


(*):住居表示をするにせよ町名整理をするにせよ、いさかいを買いたくはないから現状になったてのもわかる気はするし・・・。いざ変更できるとなったらなったで、むかしのように道ごとに町名が変わって差支えないのかは、複数の観点から吟味が必要だとは思います。

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