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2018年6月18日 (月)

国鉄は訴える(その3)

いまから43年前、1975年6月16日から3日間、国鉄による意見広告「国鉄は訴える」が掲載されました。
このうち、3日めである、6月18日掲載分です。

なお、意見広告は縦書きですがブログでは横書きとし、段落を変えるときに行う1文字下げはブログでは改行にとどめました。
3日めのサブタイトルは「健全な国鉄をめざして」でした。

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【健全な国鉄をめざして】


「国鉄運賃を二倍に」。
これほど現在の国鉄の財政状態を端的に表現した言葉はありません。
つまり、前回までにお話しした国鉄財政の収支状況を延長して考えてみますと、いまのままの運賃では必要な経費の半分しかまかなえない時が、早ければ来年にもきてしまうということなのです。

私が十年来ひどい赤字で、累積赤字も桁外れに多いことはこれまでお話ししてきました。これをいままでのように、借金でつくろっていくのは、問題の根本的な解決を逃げて、私やあなたの子孫に、より膨んだ形で残すだけだともいいました。
私はいまになって初めて、借金だけでのその場しのぎはご免だといい出しだのではありません。
ただ、それをあなたにいう声が小さすぎた。また、そういう機会も作らなかった。だから、いま私がこんなことをいい出すと、ひどく唐突に思われるかもしれない。
けれども、私の胸の中にはこれまでの十年間、たまりにたまっていた思いなのです。

私の赤字財政の基本要因には二つの大きな問題があると私はいいたい。
ひとつは運賃水準の問題で、ひとつは地方交通線の問題です。
あなたはご存じでしょうか。全国二百五十五線のうち、黒字線はたった三線しかないことを。
いま仮りに国鉄全線を、運賃を大幅に引き上げたとしても、絶対に黒字になりっこなく、しかし公共的役割からみて非常に重要な、いわば公共負担線ともいえる「地方交通線」と、適正な運賃水準さえ保たれれば、全体として収支相償い、しかも鉄道としての特性を十分に発揮出来る「幹線系線区」とに分けてみると、両方ともちょうど一万キ口ずつになります。
四十八年度の全国鉄輸送量に占めるシェアは
  幹線系線区    九三%
  地方交通線      七%
そして、三十九年から四十八年までの赤字額は
  幹線系線区  四、一九三億円
  地方交通線一二、一七三億円
となります。
つまり、私のこの十年間の赤字額の四分の三は、七%の仕事量しかない地方交通線から出ているのです。
実は、この地方交通線の赤字はいまにはじまったことでなく、ずっと昔からのことなのです。もともと地方交通線は、経済的にみて鉄道にふさわしいだけの輸送量がない線区なのです。
けれども、その地方にとっては大切な交通機関だという公共的な役割を担っているために、私は運営し、そこから生じる赤字をいままで背負ってきました。
ところが、この十年間に著しく発達したモータリゼーションの影響や、人口の都市集中化に伴う過密・過疎の問題などが、このところ急激にその負担を大きくしています。
今日では、私にとって、こうした地方交通線の赤字を負担することは大変な重荷なのです。

「それにしても、二倍は異常だ。いままでだって、そんなに上げなかったじゃないか」とあなたはおっしゃるでしょう。しかし、私は敢えていいたい。「いままでの上げ方が低かったのだ」と。
たしかに、いままで四十一年にも、四十三年、四十四年、四十九年にも、それぞれ水準は違いますが、運賃は上がりました。
けれども、その運賃値上げが根本的な問題解決にはなっていないということは、事実、現在の累積赤字額が証明しています。
しかも、いまや一年の経費をまかなうだけで二倍も必要だというところまできてしまっている。あなたが好むと好まざるとに拘らず、私はやはりこれまでの運賃の方が異常に低かったといわざるを得ません。
また、運賃値上げの実施の時期を遅らせられたりということがこれまでにもありました。
四十九年十月一日から実施になった運賃の場合もそうでした。これは、四十七年四月一日実施の予定で申請したのですが、四十八年に国会で可決されたものの、実施期日は二年六ヵ月もズレ込んでしまったのです。
しかも、この間に起こったオイルショックによる物価の異常なまでの上昇は、あなたも記憶に新しいことと思います。
運賃値上げの決定が遅れても、私はその間列車を止めて待っているわけにはいかない。だから、そのために必要な経費の方はそれと関係なくふえていき、それにつれて赤字もふえます。
四十七年の値上げ予定が四十九年になったために、私の借金は約五千億円ふえた計算になっています。

理由はどうあれ、これまでの値上げ率に比べていきなり二倍とはひどいじゃないか、とあなたがお怒りだとすれば、それはこれまで運賃が抑えられてきたことを認めても、なお、他の物価に比べて上げ過ぎだと思われるからかもしれません。
それでは、果たして他の物価の上がり方に比べ不当なものでしょうか。
昭和九~十一年を一とした物価指数は、四十九年十月には次のようなものでした。
 入浴料(東京) 一、五〇〇
 白米       一、一五〇
 ハガキ        六六七
 消費者物価平均  九三一
 卸売物価平均    六二六
 国鉄旅客運貿    三二七
 国鉄貨物運賃    二九五
たとえば、ハガキと比較すると、国鉄旅客運賃は約半分の値上がりしかしていません。
あなたの支払うお金が少しでも安く、また物価抑制の目玉にという意味で、こうした措置がとられるのは、決して悪いことではない。
しかし、それが現在の財政危機につながり、二倍論が生まれる元にもなってきているのです。
せめて物価平均ぐらいに運賃が上がってきていれば、ここへきてこれほどの問題にならないで済んだといえるでしょう。

いずれにせよ、運賃が二倍ということになれば、これはあなたにとって切実な、しかも由々しい問題になるでしょう。
それは私も重々承知していますし、こんな話がつらくないわけがない。
しかし、これは私にとってもいまや切実な重大な問題なのです。

あなたは「これまで決められた通りの運賃を支払ってきた。いまごろ国鉄の赤字や借金のことを言い出されても困る」とおっしゃるでしょう。
これは当然のことです。
だから私は、いま、古い借金のことは敢ていいません。
私がここでどうしてもあなたに聞き届けて頂きたいのは、せめて、毎年の経費分だけは利用者であるあなたの運賃で支払って欲しい。そして、経費のために新しい借金はさせないで欲しい、ということなのです。

私はあなたに、「国鉄は必要だろうか」とおたずねしました。
膨大な仕事量とそれをこなすための大きな経費をもった国鉄は本当に必要なのでしょうか、とお聞きしました。そして、必要だとすれば、それに応えていくためには経費がかかることもお話ししました。
私がいまお願いしているのは、その経費をまかなえる運賃を、ということなのです。

もし、あなたが私のお願いする運賃値上げを認めないとおっしゃれば、これまでのように、当座は借金でまかない、将来に禍根を残し、あなたの子孫に過大な負担をかけるか、利用するしないに拘らず税金という形で等しく国民に負担して頂くことになるかです。
さもなければ、国鉄としての役割が果たせなくなってしまうのです。

その意味で、運賃は本当はあなたが決めるものなのです。

もちろん、こうして経費に見合う運賃を払って頂いても、これまでの六兆七千億円という莫大な借金は未解決のままで残ります。
これに対する何らかの手当てが必要なことはいうまでもありません。

ながながとお話をしましたが、私の切実な願いは、あなたの理解を得て、あなたの先祖に育てて頂いたように、健全な国鉄に育て、子孫に国鉄という日本の財産を引き継いで貰いたいということです。

あなたのご意見やご批判をお寄せください。

(終り)


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