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2018年6月16日 (土)

国鉄は訴える(その1)

いまから43年前、1975年6月16日から3日間、全国紙と地方紙の一部で、国鉄による意見広告「国鉄は訴える」が掲載されました。

戦後、いわゆる三公社のひとつとして、戦前とは異なる企業体である国鉄がスタートしたのですが、東海道新幹線が開業する昭和39年度決算で赤字を出してしまい、昭和41年度決算では余剰積立金をすべて使い果たし、以降は累積赤字を重ねていくことになりました。
国鉄が赤字を積み重ねることになった理由は、いくつか挙げられるのでしょうが、ぼくがイチバンの理由だと思っているのは(国鉄は赤字だから、これ以上の投資をしたくないのに)<借金で、経営能力以上の投資をさせられた>ということです。

#その代表的なのは、(誰かがやらないといけないから、(投資額に見合う増収はあり得ないのに)国鉄が自ら引き受けて実施した)東京五方面作戦だと思っています。

国鉄は何度か、経営改善のための試みをしていますが、意見広告をしてでも洗いざらいさらけ出すということもしていたのだということを知り、備忘録として残しておこうと思い、図書館へ出向いてどんな文言だったのかを確認しました。
3日間に分けて、アップしようと思います。

文章を調べるに当たっては、中日新聞の縮刷版を利用しました。

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180616jnr_2

きょうは1日めである、6月16日掲載分です。

なお、意見広告は縦書きですがブログでは横書きとし、段落を変えるときに行う1文字下げは、このブログでは改行にとどめました。
1日めのサブタイトルは「国鉄(わたくし)は話したい」でした。


【国鉄(わたくし)は話したい】


「国鉄運賃を二倍に」という話を、あなたはお聞きになったことがあると思います。
もしあなたが初めて聞かれたのなら、さぞかしびっくりされたことでしょう。
しかし、国鉄が、将来とも国民の国鉄であり続けるためには、どうしても、そういわなければならないのです。
そして、そのために私は、現在の財政状態のすべてを率直にあなたにお話ししようと思い立ちました。
それはまた、あなたの理解と協力なしには存在しえない私に、当然課せられた責務であると考えるからなのです。

昨日も今日も、私は働いています。
日本中二万キロに列車を日夜動かしていますし、四十三万人の仲間が、駅の窓口やホームで働いているのをあなたは今日も見たでしょう。
私は働いているのです。少々無愛想なところがあるかもしれませんが、ともかく一所けんめいに働いているのです。

だからといって、それを私の財政が健全だと誤解されては困ります。正直にいいたいと思いますが、私が自分自身の力で私の大きな体を養うことができたのは昭和三十八年まででした。それからの十年間は赤字経営の連続です。毎年の赤字は
 昭和三十九年度
            三百億円
 四十年度
        一、二三〇億円
 四十一年度
           六〇一億円
 四十二年度
           九四一億円
 四十三年度
        一、三四四億円
 四十四年度
        一、三一六億円
 四十五年度
        一、五一七億円
 四十六年度
        二、三四二億円
 四十七年度
        三、四一五億円
 四十八年度
        四、五四四億円
 四十九年度(見込み)
        六、七七六億円
 五十年度(見込み)
        七、七八四億円
そうです。私がいま最初にいおうとしていることは、最近特に問題化してきた私の財政のことなのです。

昭和五十年、私の財政は、累積赤字三兆一千億円、借入金六兆七千億円となります。
三兆一千億円という赤字をあなたはどう思いますか。ある人は「凄い赤字だなあ、民間企業ならとうに潰れている。さすが親方日の丸だ」と感心してくれます。また、ある人は、「何だ、そんなのは、アリストテレス・ソクラテス・オナシス一人の財産ていどの話じゃないか」と馬鹿にしてくれます。
問題は、冗談じゃなしに、私が民間企業でもなければ、ましてやオナシスでもないところにあるのです。
私は日本国有鉄道なのです。潰れてはならない、また潰れることが許されない企業なのです。ところが、この赤字はその私の存立を脅かすほどの重圧になってしまったのです。

日本中の子供は小学校、中学校の九年間の教育を殆ど無料で受けることができます。義務教育という国の進んだ制度が、全国三万五千の学校と、六十三万人の先生を維持する財政を税収入で負担しているからです。これを義務教育費といいますが、国が負担している金額が昭和五十年で一兆三千億円です。この財政、つまりは国民の税金なんですが、このおかげで千五百万人の子供達が、少くとも経済的な心配なしに学校へ通えるわけです。
国鉄の累積赤字三兆一千億円。
これは全くあり得ないたとえなのですが、国鉄の赤字をゼロにするためには、義務教育に対する国の負担を、二年間一切やめても足りないほどの大きさなのです。
しかも、この赤字はいまのままではふえることはあっても減ることはない。いまの私は、一日働くごとに二十一億円の損をするのです。
あなたのために働くことを損だと考えたことは一度もありません。それは、少しでも喜んで貰うために精一杯のことをしたいし、また、しているつもりですけれど、働けば働くほど赤字が累積するという事実をあなたはどう思われますか。

「そんな事をいうなら働かなきゃいいじゃないか」とあなたはおっしゃいますか。きっとそうはおっしゃるまい。
私が働かないということは、あなたの日常の不便につながるというだけでなく、国にとっての重大な損失でもあるということをあなたはよくご存知だからです。
「それなら、損をしないようにやればいいじゃないか」とあなたはおっしゃいますか。きっとそうはおっしゃるまい。
損をしないようにやる、ということは殆ど「運賃値上げ」に通ずることですから、あなたに限らず、誰だって本能的にいやだと思うに違いないからです。

これはジレンマというものです。あなたにとっても私にとっても。
しかも、問題なのは、このジレンマが実は何年も続いてきたということです。
こういうと、何故、いまの私がこうしたジレンマに陥ってしまったのか、つまり、働けば働くほど損をするという仕組みがどうして出来てしまったのか。という疑問がきっと起きるでしょう。
当然です。そして、あなたに限らず誰もが抱くこの当然の疑問に答えることこそ私の責任であり、そのことはおいおい明らかにするとして、ここでは、まず、どのようにして私がこうしたジレンマに対処してきたかをお話ししましょう。

それは『借金』です。
それこそ私は借りられる所からは目一杯の借金をしてその場を切り抜けてきたのです。そして、それが積もり積もって、五十年には六兆七千億円を越えてしまう見込みです。
昭和四十年度末債務残高
       一一、一〇二億円
  四十一年度
        一三、六八九億円
  四十二年度
       一六、四三五億円
 四十三年度
       一九、三〇六億円
 四十四年度
       二二、四九一億円
 四十五年度
       二六、〇三七億円
 四十六年度
        三〇、八七一億円
 四十七年度
       三七、一九一億円
 四十八年度
       四二、六七九億円
 四十九年度(見込み)
       五五、三七四億円
 五十年度(見込み)
       六七、三〇五億円

私がもし健康に見えるとすればそれは、借金というカンフルによってそう見えるだけのことなのです。
私の抱えた厖大な借金は、こうして私の経営上のジレンマの根本的解決を回避したばかりか、私の健康を偽装したのです。

こうしてふえてきた借金が、ここへきて私の死命を制するほどのものになった、と私は訴えたいのです。それは、ただ金額が大きいというだけでなく、このように日々に損を重ねるいまの状態では、毎日の生計費のためだけでなく、借金の借りかえや利子の支払いのためにも借金を重ねざるを得ないからなのです。
この借金は国鉄がしたものです。しかし、それは決して自分勝手にしたものではなく、国のため、あなたのために必要な、日本国有鉄道の役割に於て止むを得ずしたものです。
国鉄は日本の財産のはずです。
であれば、利用者にせよ、国民にせよ、いつかの時代の日本人が、この国鉄の借金を負担しなければならない、そういった性質のものではないでしょうか。
あなたの先祖は、運賃という形の支払いで健康な国鉄を育て、私たちに引き継いでくれました。
いま、これからの国鉄をどのように育てるかは、同様に、現在の私とあなたとが真剣に話し合うべき問題ではありますまいか。
借金だけでのその場しのぎはもうご免です。
それは何ごとも解決しやしない。問題を私やあなたの子孫に残すだけのことです。しかも、膨れ上がった形で。

(続く)

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